この二人ほど、心底日本的でありながらも極めて個性的、かつスキャンダラスな創作世界を繰り広げるアーティストを見つけることは至難の技です。華麗にして斬新なプロジェクトによりって流行を生み出し、世界の写真芸術の境界線を押し広げた荒木経惟。陶芸界に革命を起こし反逆児と呼ばれながら、実力で自らを現代美術の表舞台にまで押し上げた辻村史朗。「己の課する処に」妥協を許さない偉大な創造性に加えて、二人は確かに、禅の伝統に則った倫理的・美的モデルを共有しているのです。明らかに対照的な二人の最も傑出した日本人アーティストの作品の競演が、2020年5月12日から10月25日までのクラクフ・マンガ日本美術・技術博物館のメイン展示となります。
ヨーロッパ・東洋ギャラリーのミニマリスト・スペースでは、荒木が1972年から2008年の間に製作した8つのシリーズ作品から、80点の写真を展示します。荒木の愛する東京の街の光景を捉えた規格外の小さな写真を大きく引き伸ばしたノスタルジックな作品は、鑑賞者にまるで秘密の世界を小窓や鍵穴から覗いた時の光景を写し取ったような、独特の感覚を齎す世界を作り出しています。最初に鮮やかな色を載せた上で撮影した退廃的な雰囲気を漂わせる花々に加えて、影の世界から白日の下に引き出された「緊縛」(洗練された方法で人体をソフトに縛り上げるもの)、わざと乳剤を引っ掻いて傷を付けた猥雑なヌードなどが、荒木の被写体の持つ多様性の全容を物語ります。
レンズが捉えた都市の風景が孕む陰鬱と有機的な力感は、日本の陶芸界をリードする辻村史朗の手になる簡素にして気迫漲る60点の作品と、見事なバランスを作り出します。2008年以降に、伝統的な手作りによる形成と焼成を経て生み出された、丸みを帯び、切れ込みが入り、わざと歪められ厚く釉薬を掛けられたこれらのやきものは、日本の保守的なやきものの正統性からは大きく逸脱しています。荒木が光を用いて闇の中からある形を引き出し躍動させる一方で、辻村は地中の暗闇の中から取り出した素材から、火を用いて独特な驚嘆すべき造形を生み出すのです。形について多くを語らず、ただ未完成の形状を作り出すことで泡沫の時に焦点を当てる方法は正しく日本的な戦略であり、不完全性と未完成性は我々を取り巻くもの全ての必然的無常を我々に想起させます。生と死の境界線上に保たれたバランス、それこそが二人のアーティストの作品を繋ぐものであり、また私たちに深い内省を促すものなのです。