中野和子さんは、お若い時から子供用の着物の収集を始められました。江戸時代(1600〜1868)から近代物まで、今では凡そ1000点にも及ぶコレクションには、日常着や侍の裃、第二次世界大戦期の着物まで―もちろん全て子供サイズです―が収められています。中野さんの情熱のお陰で、私たちはこれらミニチュア芸術作品の世界に目を凝らし洞察を得る機会を得、更に一連の展覧会をも実現しました。
多彩なコレクションはファッションと共に、過ぎ去りし日々の日常生活をも垣間見せてくれます。ここで私たちが目にするのは、ハレの日のための洗練された祝い着だけではありません。擦り切れてつぎが当てられた、再利用の痕も露わな日常着もあれば、中には子供には似つかわしくない図柄の着物を仕立て直したものさえあります。これらの所謂商品の完璧さとは程遠い着物は、恐らくは経済的にやむを得ない理由から作られたものではありますが、それでも計り知れない見るべき価値を持っていると感じられます。
複雑な技術が惜しみなく注がれたこれらの着物は、多くの場合現代の西洋人の目には隠されている、シンボルや幻想的な生きもの、神話の世界へと私たちを誘います。親が子の将来にあれかしと願う様々な良きこと、幸福や長寿、成功、富、知恵、才能、強さ、根気や美しさなどを表す多様なシンボルを刺繍した作品とも見ることができるこれらの着物は、本物の芸術品と言えるでしょう。
<中野和子さんから本展へ寄せられたメッセージ>
目を閉じると、子供の頃の情景が浮かびます。
冬の朝、母が火に炙ってくれた綿入れの温かさ。
袷を明るく目覚めさせる、春の日差し。
夏のお出かけ、縮や麻、絽の涼しげな単。
秋祭の楽しみだった振袖。
目を開けると、80年が夢のように過ぎ去りました。
70年前ころから、着物は私の日常からだんだん姿を消しました。
30年このかた、子どもの着物を集めてきましたが、そうでもしなければ時の流れに消えて行く運命だったでしょう。
5年前、ヨーロッパ各国(フランス、スイス、オーストリア、オランダ)で開かれた私の前回のコレクション展がシュミット夫人のお目に留まり、彼女の日本の着物に対する情熱に触れて、改めて私の心にも火が点きました。私は140枚の着物を、この長い旅に送り出すことにしました。展覧会の準備中、シュミットご夫妻は、未だ嘗て中央ヨーロッパでは展示されたことのない1000枚近くの着物を整理し、目録化することに尽力してくださいました。
ああ、私の小さな着物たちは、中央ヨーロッパ三カ国でお目見えするのです!
それを考えると、スリルと興奮が全身を駆け巡ります。
幸せだった子供時代の眩しい朝と夜とを思い出し、そして今、年月を過ぎて、私は私の小さな着物たちにさよならを言い、良い旅であれと祈ります。
全ての出会いは、たった一つの特別なものです。
幸福と満足に満ちて、私はまた、新たな出会いを楽しみにしています。
2018年11月、長井にて 中野和子